子育て支援

「怒る」と「しつけ」は別物!子どもに合わせた教育法とは?

 こんにちは。大阪こどもリハ訪問看護ステーションの中野です。

 本日は子どもに合わせた教育法についてシェアしたいと思いますが、最初にこれだけはお伝えしておきます。

 タイトル通り、怒ることとしつけることは違う旨の内容をお伝えする予定なのですが、これをこのまま「怒ってはいけない」と捉えないで下さい。

 人は我が子であっても、他人同士なのですから、勝手に期待値を設定して、その期待通りの行動がなされなければイライラします。

参考エントリー:保育園や学校で我慢できずに友達を叩いちゃう理由と対策

 我慢ができずに怒っちゃうなんてことは日常茶飯事のはずです。私自身も子どもに対して感情的に怒ることもあります。ですが、それがいけないというわけではないありませんし、怒っちゃう自分を攻めたり、自己嫌悪に陥ることは無いようにしてくださいね。

参考エントリー:子どもにイライラする自分に自己嫌悪をしているお母様へ…

 では、本題に入りたいと思います。

しつけ(教育)とは?

 子どもを教育するとは、どういうことでしょうか。

 これについて私は専門家ではありませんし、自分自身良い教育をしているとも思っていませんから、何ともお伝えし難い大きなテーマです。

 ですが私なりの解釈として、『子どもが幸せな日常を送るためのお手伝い』と捉えています。

 子どもが生活で何かしらの問題を抱え、躓いたり、ストレスを抱えたり、辛いことがあっても、その問題に対処したり、時には逃げ出したりという手伝いをすることです。

 大人にとってもそうですが、子どもにとっては大人と比較にならないくらい毎日、毎瞬が学習の機会です。

 傍目からは「学習している」なんて映らないありきたりなシーンであっても、子どもはそれらの経験を通じて学習しています。そういう学習を通じて、子どもは幸せに生きる方法を学んでいます。

 親にとって子どものこの学習の機会を邪魔せず、より促進させることが教育になるのではないでしょうか。

「怒った事」を教育に活かす!

 子どもが社会的に悪いとされる行動をとった時。例えば、誰かを叩いたり、購入前の商品を自分のもののように使ったりと、子どもは知りませんから色々な事をやってくれます。

 親は子どもにそういう行動を取らない事を期待していますから、その期待に反する行動を取った時、ついつい怒ってしまいます。

 これは人間ですから当たり前。仕方のないことです。

 しかし、折角子どもが失敗をして、怒ったのですからこれを教育の機会に変えれば良いのです。

 子どもは怒られたら不快になります。親が不快にさせたと思うでしょう。ですが、これが教育のチャンスになります。

 親が怒った理由について、説明すれば良いのです。そして、つい感情的に怒ってしまった事について謝れば良いのです。

 この時の伝え方についてはコツが一つだけあります。

 「あなたがこうだから、私は怒ったのよ」と言っちゃうと、悪いのは子どもだということになってしまいます。親から見たら、子どもが悪いことをしたのだから、仕方ないところかもしれませんが、子どもに悪気があったか?と考えれば大半のケースで子どもに悪気はありません。

 これは大人でもそうかもしれませんね。会社で一方的に叱られた経験、友達から一方的に責められた経験はありませんか。

 もちろん会社を潰してやりたいとか、友達を怒らせてやりたいという意思を持って取り組んだのであれば一方的に叱られたり、責められたり、あるいは訴えられても仕方ないかもしれませんが、多くの場合、悪気はないでしょう。にも関わらず一方的にあーだ、こーだ言われるのは気分悪いですよね。子どもの場合、学習が促進される要素とは言い難いです。

 そこで、「〇〇ちゃんが、こういう事したらママが悲しいの。だから、こういう時は△△にしてくれないかな?」という言い方に変えてみて下さい。

 主語が子どもから親に変わっているだけです。ですが、怒った理由はしっかりと伝えられています。子どももママを悲しませたんだ、これからは気をつけようという風に学習の促進にも繋がります。

 これは心理学の用語で「I(私)メッセージ」と呼ばれます。人の行動を変える方法として、良く使われますが、Iメッセージの誤用や多用は子どもの負担になることもありますから、難しく考える必要はありません。

 子どもが望ましくない行動をしたのは子どもの責任だけではありませんから、子どもを責めないように、学習を促すんだ…程度に思ってもらえたら良いと思います。

 日本人は主語を言葉の中に入れないで喋る民族ですから、結構難しいのですが、慣れたら自然とできるようになります。子どもに対してだけでなく、パートナーや会社の同僚・部下、その他関係する人に使う所から始めてみてはどうでしょうか。

意識的に怒ること

 慣れてきたら「怒る事」を意識的に使い、効率的にしつけができるようになります。

 これも私は専門家ではありませんから、私の基準で申し訳ないのですが、私は以下の場合あえて子どもに怒るようにしています。

  • 子どもの安全に関わる時
  • 他者に危害を加える可能性がある時

 道路へ飛び出そうとした時、誰かを叩こうとした時なんかがこれに当たります。

 私は『命は尊いものである』ということと『他者貢献』というものを教育の柱に据えています。何故なら、これが日常を幸せに生きるポイントだと捉えているからです。

 健康を気遣う事、他人の喜びを自分の喜びと捉えられる事ができれば、結構幸せに生きられそうに思いませんか?

 命を危険にさらす行動と、他者に危害を加える行動はこれに全くもって反しています。ですから、こういう行動を取った時には時に強く怒ります。

 そして、しっかりと説明します。何故今怒ったのか、それはなぜか。子どもが癇癪を起こしていたり、泣いてしまっている時は、落ち着くまで待つ方が効果的です。話を聞く準備ができてから説明してあげましょう。

しつけ・教育とは、例えば道標を提供するような事

 私は娘が字を書く練習がしたいとか、数字を書く練習をしたいと言えば、市販のワークブックなんかを買ってきたり、インターネットに落ちている教材を印刷して渡したりします。

 自分が付いて教えるのが面倒という理由ではなくて、これら教材は的確に道標を提供してくれているからです。

 発達段階に応じて、到達レベルに応じて、「なぞるだけ」とか「点と点を結ぶ」みたいな感じで課題のレベルを調節してくれています。

 私がこうして、ああして、と言うよりも子どもの学習を促進させてくれますし、口出しされるより集中して取り組んだ方が子どものストレスにもなりません。

 これら教材のように、道標を提供することこそしつけや教育と言えるのではないでしょうか。最初に書いたように、教育とは『子どもが幸せな日常を送るためのお手伝い』と捉えていますから、幸せに向かって取り組めるよう道標を提供するのです。

 私達親が完璧ではありません。でも、子どもより少しだけ幸せになる方法、あるいは不幸にならない方法を知っていると思います。

 少なくとも、将来子どもがどんな大きな問題にぶち当たっても「自死」を選ぶとか「犯罪や他人に迷惑をかける形で切り抜ける」なんて手段を取らず、問題に立ち向かったり、あるいは問題から距離を取れる能力が身についてくれれば良いなぁという程度の道標です。

 小さな目標、大まかな道標を使って、子どもの幸せを全力で応援することが親の教育というものではないでしょうか。

おわりに

 『正しい教育』『正しい育児』なんてものは確立されていません。

 そして、親である私達も『幸せになる方法や法則』なんて知りません。

 ですから、どういう教育が正解で、どうやったら失敗なんて決められませんし、親の手から離れた子どもの姿を見てみないことには効果判定もできません。

 やんちゃ坊主だった同級生、全く勉強ができなかった同級生も今やしっかりと手に職を付け、立派に子育てしています。客観的に見て幸せそうにしています。

 やんちゃだからダメ、勉強できないからダメではありません。やんちゃだったらどうすれば幸せになれるか?勉強できないなりにどうすれば幸せになれるか?

 子どもの今に目をむけ、その都度必要な手助けをしてあげられること、あるいは一緒に考えてあげることが教育の形かなぁなんて、このエントリーを書きながら感じています。

 もちろん、私の考えが全てではありませんし、あなたにとっての教育の定義もあるでしょうから、私に合わせる必要はありません。

 ただ、「子どもの幸せの為にできること」という最大の目標からズレなければ、あなたのやり方で、子どもの状況と反応を見ながら親として成長していって下されば、少なくとも大きな間違いはしないのかなと思います。

 是非、こどもに合わせるということを忘れず、接してあげてくださいね。

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