哲学・科学・理論

作業の剥奪から「作業」が健康と幸福に与える影響を知る

 こんにちは。作業療法士の中野です。

 作業療法士は「作業」を評価し、治療に用いる専門職である。

 作業療法士は「作業」との結びつきを可能にすることで、クライエントの健康と幸福を促進する。

 では、なぜ作業療法は人の健康と幸福を促進しうるうのだろうか。今回はその理由について、逆説的立場から解説していみたいと思う。

廊下に立ってなさい!が何故「罰」なのか?

 作業の剥奪を『罰』として用いるのが最も典型的な例ではないだろうか。

 「ドラえもん」の「のび太」などは、宿題を忘れ先生から「廊下に立ってろ−!」と怒られていた。

 考え方によっては堂々と授業をサボれるわけだから何ならラッキーなのではないだろうか。しかし、今の時代そんな事やってしまったらモンスターな親が文句を言い兼ねない。

 宿題を忘れたことは悪いこと。しかし、それに対する罰として『作業剥奪』することは罰として大きすぎるという認識があるからだと考えられる。ま、モンスターな親には罰の程度なんて関係ないんだからね。

 当ブログでお伝えした「タイムアウト」についてもごくごく軽微な作業剥奪である。

 作業を剥奪するというのは何物にも代えがたい『罰』なのだ。そして、その度が過ぎると、その罰により人は健康を害することが出来る。

 『懲役』と『禁錮』。あなたは刑事罰を受けるならどちらが良いだろうか。罪の内容によって懲役か禁錮かが決まり、禁固刑対象の罪の大半が執行猶予がつく。なので、拘留刑の大半が懲役だということになる。

 これってものすごく優しいことだと言える。

 社会と隔絶され、多くの作業を剥奪された状態であるにも関わらず、その中でも「作業」を提供されるのだ。何故か。死刑じゃないのに死んじゃうからだ。

 ホリエモンなんかは要介護受刑者の介護なんかを刑務作業としてやっていたらしいが、それでも暇で本を1000冊読んだらしいから。

 人は作業で健康になり、作業を奪われると不健康になる生き物なのである。

作業療法士は「障がい」を作業機能障害として捉えるべし!

 吉備国際大学の博士課程を終えられた寺岡睦さんは、作業の問題を『作業機能障害』として評価ツールの作成されている。同じく吉備国際大学の准教授であられる京極真先生の研究室は優れた研究者が続出なのでマジでスゲー。ボクも大学院へ行くなら自宅から近く恩師も修了されている神戸大学大学院を目指そうと思っていたが、今なら吉備国際大学を選ぶな。あ、話がそれちゃった。ごめんね。

 その内容の詳細については『作業不公正』として作業科学の分野で紹介されている。

 現在はこの作業機能障害の「観察評価」ツールを開発中だとのこと。OBP2.0の理論書と共に完成が楽しみ。

 当然、作業機能障害の原因となっている人の個別の問題を医学モデルで捉える知識と技術も必要である。だが、あくまで作業療法士は作業をベースに評価できる能力が必須なのである。

おわりに

 今日、日本作業療法士協会の「基礎研修修了書」が届いた。

 目指せ、認定作業療法士である。で、ボクは専門作業療法士の分野は「特別支援教育」で決めているが、そういえば「作業科学」ってないよなぁとふと思った。

 理事にその分野に精通した人が居ないのかな。でも、作業科学の専門作業療法士は確立した方が良いんじゃないかなって思う。

 今読んでるのは以下。

 「続・作業療法の視点」は作業遂行と結びつきのカナダモデル(CMOP-E)についても詳しく解説されているし、ICFとの対比なんかもすごく勉強になる。前作の「作業療法の視点」と併せて読んでみて欲しい。

 ボクは今まで理学療法士は活動と参加とか言わず機能面に走ってくれたら良いのにって思ってたけど、本書にて作業療法士に求められる活動と参加は別次元なものだと分かった。

 脱皮を待つさなぎのボクにとってはめっちゃいい本だったよ。ってことで、今回はここまで。ほな、また。

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