雑記

理学・作業療法士や看護師は鬼十訓を意識して仕事すべし!

 こんにちは。作業療法士の中野です。

 ボク達、理学・作業療法士は比較的守られた立場で働いている。

 例え小さな病院やクリニックであっても、一般の中小企業に勤めているサラリーマンに比べたら、贅沢な待遇である。

 これはとてもありがたいことなのだけれど、弊害があるとするあならば、その待遇にあぐらをかいてしまうことだと思う。

 今回は、ボクの経験も踏まえて療法士こそ鬼十訓を意識すべきだという事をお伝えしたいと思う。

鬼十訓は当たり前で、別に厳しくない

 そこで冒頭に例示した鬼十訓である。最近ブラックで自殺者が出た某企業の元社長が作ったと言われているものだ。

 以下、引用する。

  1. 仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。
  2. 仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
  3. 大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
  4. 難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
  5. 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。
  6. 周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
  7. 計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
  8. 自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
  9. 頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
  10. 摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。

 一つ一つ説明するのは、ちょっと大変なので控えるが、意味は分かると思う。「殺されても放すな」とかちょっと表現が過激な面もあるけど、言ってることは当たり前だ。

 もし、何か異論があるとするならば、それはボクとの意識(常識)の違いである。

 同じセラピスト、何ならボクはどちらかと言えば落ちこぼれセラピストだけど、そんなボクとどうして意識の違いが発生するのだろうか。

経験の違いが、意識の違いを作る

 ボクは作業療法士としてのキャリアはショボい。ただ、ビジネスマンとしてのキャリアや経営者としてのキャリアは多くの理学・作業療法士と比べると積んでいる。

 自分で仕事を作り自分で稼ぎを作っていると、これら鬼十則は当たり前すぎて、これで自殺者が出たなんて信じられない。ってかメディアで取り上げられそうな内容だけど、実際はこれで亡くなったわけじゃないよね。きっと。

 「ゆとりだから…」とか「最近の若者は…」とか言う人いるけど、40年前にこの十則が作られていたということは、40年前からゆとりな奴が多かったってことでしょ。

 意識の違いが人生の違いが生まれる。

 ボク達の業界が今後どうなるか?ってのは業界を構成するヒトの意識で変わる。

 ボク達の意識が高いレベルで統率されれば、未来は明るいんじゃないかな。

おわりに

 結果は行動が変わらなければ出ない。

 行動は考え方に依存する。考え方は信念だったり、意識だったりというものに依存する。

 つまり、ボク達が将来明るい未来を作りたければ意識を変えなければならない。

 同じ意識を持つ人は是非ご連絡下さいませ。一緒に変えていきましょう。

 ってことで、今回はここまで。ほな、また。

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