3学会合同呼吸療法認定士

3学会合同呼吸療法認定士試験に毎年出題!呼吸療法の歴史

 こんにちは。作業療法士の中野です。

 3学会合同呼吸療法認定士の過去問題集を開けば歴史に関する問題がツラツラと並んでいる。

 過去11年で出題されていない年はないようだ。

 たかだか一点、されど一点。確実に一点を取りに行く上では知っておく必要がある。

 ってことで、今回は呼吸療法の歴史についてまとめておこうと思う。

呼吸療法の歴史

 呼吸療法の歴史とは人の肺に如何にして酸素を送り込むか?の歴史であると言っても過言ではない。

 その歴史を知ることで、各呼吸療法の知識を学ぶことにも繋がるのでまとめてみたい。

呼吸療法のはじまり

 画像引用元:大阪市此花消防署

画像引用元:大阪市此花消防署

 1744年、外科医のTossachが登山家に対する口対口人工呼吸によって蘇生させた記録が一番昔のもののようである。

 1744年といえば日本では江戸時代である。試験や許可なく誰でも医者になれた時代で4〜500人に1人がカバーできるほどの過密だった時代である。

 そんな時にマウストゥマウスによって人を蘇生させるような人がいたということになる。

 もちろん、人工呼吸を行うような器具もなければ、「瀉血(血を抜くことで病が治癒するという根拠の無い治療法)」などが行われていた時代である。上の図のようにマウストゥマウスを行う姿勢・方法もなかっただろう。

 そんな所から呼吸療法は始まっている。

 ちなみに、1754年に二酸化炭素、1771年に酸素の発見がなされている。

 つまり、マウストゥマウスは呼吸をしていない人に対して空気を送り込むことだけを目的にしていたのだろうと想像できる。

酸素療法の歴史

画像引用元:看護Roo
画像引用元:看護Roo

 酸素療法と言えば上図のような形を思い浮かべる方も多いだろう。

 酸素療法は細胞の酸素欠乏状態を改善するために空気よりも酸素濃度が高い空気を送り込み、吸入酸素濃度を増やし動脈血酸素分圧を正常に保つ為に行う。

 1845年、Helmontによって溺水患者に対する酸素吸入が推奨されるようになった。

 マウストゥマウスで空気と同じ濃度の酸素を送るのではなく、酸素のみを吸入する方が良い事が分かったのだろう。日本はまだペリーが来航する前の江戸時代である。つまり、無資格医師がのさばっていた時代だ。

 ちなみに1878年にBertにより高濃度酸素吸入の有毒性を指摘されるまではバカの一つ覚え的に行われてきた可能性がある。

 低酸素症に対して高濃度酸素療法は有効だが、酸素中毒、CO2ナルコーシス、無気肺などの副作用が起こりうる。

 更に1965年には、Goodmanによって高気圧酸素療法が開始される。

カフ付き気管切開チューブの開発

画像引用元:富士システムズ株式会社
画像引用元:富士システムズ株式会社

 1871年、Trendelenburgによってカフ付き気管切開チューブが開発された。この事で上気道の狭窄による呼吸困難に対して誤嚥を防ぎながら呼吸をさせるという手法が考えられていたのだ。

 もちろん日本は未だ江戸時代である。

気管挿管、麻酔の歴史

画像引用元:看護roo
画像引用元:看護roo

 1880年、Macawenにより経口気管挿管により麻酔が行われた。

 経口気管挿管は1858年に初めて報告され(それまでは気管切開が推奨されていた。)、それまでクロロホルム麻酔(吸入する方法)が主流だったが、これを機に気管挿管により麻酔が可能となる。その後気管チューブにて全身麻酔がされるようになる。

画像引用元:Smith Medical
画像引用元:Smith Medical

 気管挿管技術も更に進化し、1900年にはKuhnにより経鼻気管挿管が施行され、1908年には経口エアウェイが作成される。

 また、1910年にはDorranceにより隙間からの誤嚥を防げるカフ付きゴム製の気管チューブが考案された。

人工呼吸器の歴史

画像引用元:グノシー
画像引用元:グノシー

 人工呼吸器の歴史は上の写真にあるタンクベンチレーター(別名:鉄の肺)から始まる。1929年DrinkerとShawにより開発される。当時流行っていたポリオに対して用いられるが救命率が低かった。

 1953年により、Ibsenにより手動式陽圧人工呼吸装置(気道内に陽圧を加える方法)が開発される。世界初の直接肺に空気を送り込むタイプの人工呼吸器の開発だ。その翌年の1954年には従量型人工呼吸器が市販される。

 1955年には胸部外科術後に陽圧換気が行われるようになり、1971年には間欠的強制換気(自発呼吸の中に強制換気が間欠的に入る方法)が導入された。

その他呼吸療法関連の歴史

 以下、試験に出題される可能性のある歴史についてまとめておく。

1934年 呼吸理学療法の実施(Linton)
1938年 ネブライザーの開発(Bernoulli)
1941年 咽頭鏡の曲型ブレードの開発(Macintosh)
1942年 米国でペニシリンの臨床投与
1948年 間欠的陽圧呼吸にネブライザの併用(Motley)
1956年 血液ガス分析装置の開発(Astrup)
1962年 IRDSの原因は肺サーファクタント欠乏と指摘(Mead)
1967年 ARDSの概念と持続陽圧呼吸の効果を指摘(Ashbaugh)
1975年 パルスオキシメーター開発(青柳)、臨床に普及したのは1980年代
1981年 カプノメータ―の臨床使用
1985年 在宅酸素療法の保険適用
1990年 在宅人工呼吸療法の保険適応
1990年 高二酸化炭素血症容認の呼吸管理
1991年 パーフルオロカーボンを用いた液体部分換気
1998年 睡眠時無呼吸症候群にCPAP療法の保険適用
2000年 保護的肺換気
2004年 自動体外式除細動器(AED)の一般人の使用許可
2015年 医療事故調査制度施行

 1900年代前半より現在の呼吸療法において欠かせない器具であるネブライザーや、検査機器(血液ガス分析装置やパルスオキシメーター、カプノメータ―など)が次々に開発されている。

 もちろん、それまでも症状に応じて適切な評価はしていたのだろうけど、現代の医療体制からしたらかなり危うい状況だったことが想像できる。

 また、1900年代中頃には呼吸療法に関する様々な研究結果が出るようになる。これは恐らく検査機器の発展に伴うものなのだろうと思う。

 1980年代以降になると、ハード面よりもソフト面が充実してくる。保険適応だったり、高二酸化炭素血症容認の呼吸管理というのも色々な検査結果に基づき許せる部分と許せない部分の線引が可能になったからだろう。

 現代では、蘇生を一般人でも可能にさせるAEDだったり、より質の向上を目指す制度ができるなど、ますます充実している印象だ。

日本における呼吸関連法の歴史

 以下に日本における呼吸療法に関わる法律の歴史を一覧にした。

 それぞれの法律の内容に関しては各リンク先を参照頂ければ幸いだ。

 ポイントになるのは感染症法かな。正式名称は「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」である。

 「伝染病法」からはじまり、性病、エイズ予防法も包含した感染症法ができたのが1999年である。2005年結核の増加傾向を受け結核予防法が改定され、その後結核予防法も包含した感染症法が2007年に改定されている。

 感染症法は、新型の感染症(鳥インフルエンザやMERS、デング熱など)が流行する度に改定されており、現状の最終改定は2014年である。

おわりに

 こうやってまとめてみると、こうやって医療は進化してきたんだなぁと改めて医療の進歩を感じるし、過去を俯瞰して眺めることができるのでいい機会だったと思う。

 鉄の肺なんて言われる拷問の機械のような(しかも救命率の低い)人工呼吸器が20年以上にも渡り使い続けられてきたなんてびっくりだし、酸素も二酸化炭素も発見されてなかった時代からマウストゥマウスの人工呼吸が開始されていたのも驚きだ。

 このような過去があった上で今がある。

 過去の尊い命に感謝し、今を精一杯生きようと思う。その為にももう少し勉強頑張ろうかと…。

 ってことで、今回はここまで。ほな、また。

追伸…3学会合同呼吸療法認定士の受講志望者、受験準備中の方は必見

 3学会合同呼吸療法認定士を受けようと思った人がまず読むべきエントリーとして、関連記事をまとめているので良かったら併せて読んでみて欲しい。

参考エントリー:3学会合同呼吸療法認定士の「申込,講習会,試験」関連まとめ

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