雑記

感動ポルノは悪なのか?24時間テレビのあり方と障害者の権利

 こんにちは。作業療法士の中野です。

 24時間テレビの放送前後には必ず『障害者を食い物にするな』的な24時間テレビをdisる内容がどこからともなくやってくる。

 そして、今年は極めつけ?でNHKにて24時間テレビの裏でちょっとぶっ飛んだ番組が放送された。

参考:「24時間テレビ」は障害者の「感動ポルノ」 裏番組のNHK生「バリバラ」に大反響

 この内容を受けて、ボクの個人的見解をシェアしたいと思う。

そもそも感動ポルノとは

 感動ポルノは上の動画で初めて使用された言葉である。

 オーストラリアのコメディアンで、障害者権利のための活動家であるステラヤングさんがTEDにて「Inspiration porno(インスピレーションポルノ:感動ポルノ)」という言葉で初めて使った造語だ。

 障害者を感動的に描き、障害者を食い物にする描き方に対する批判であり、障害者を特別視する社会に対する批判である。

 それを彼女は感動ポルノというセンセーショナルな言葉で表現した。

 以下の日本語訳はDigitalCastさんから引用させて頂く。

 私が育ったのはビクトリア州のとても小さな田舎町ですごく普通に地味に育てられました。

 学校に通って友達と遊んで妹たちと喧嘩しました まるっきり普通でした私が15才の時、地元コミュニティの役員から両親に連絡がありましたコミュニティの功績賞に私をノミネートしたいと言うのです両親は「うーん、ありがたいですけど一つだけ大変な間違いがあります。彼女には、何の功績もありませんよ」と(笑)

 両親の言うとおりだったんですよ。私は学校に通い、良い成績もおさめました。とても地味なアルバイトもしました。母の美容院でです。

 そして、ひたすら観ていたのは『バフィー 恋する十字架』と『ドーソンズ・クリーク』です。そう、ジャンルが正反対です。

 でも両親は正しかったんです並外れたことなんて何もしていなかった障害を考慮に入れなければ、功績と呼べるようなものは何もありませんでした。何年もが過ぎ、私がメルボルンの高校で教師2年目だった時のことです。

 2年生の法学の授業を始めて20分ほど経ったところで、男子学生が手を挙げて「先生スピーチはまだかよ?」と言いました。

  私は「スピーチ?」と返しました。だって長々と20分も名誉きそん法の講義をしていたんですよ。この生徒は「あれだよやる気を起こさせるスピーチ車椅子の人達が学校に来るとだいたい感動的な話をするだろ?」(笑)

 「いつもなら会場は大講堂だけど」と。

バリバラの内容

 見ていない人はまず上の動画で見てほしい。(※いつまで見られるかは不明)

 24時間テレビをdisるつもりはないと司会の方が何度もおっしゃいますが、disってます。

 この番組は障害者のあり方を描く番組であり、24時間テレビとは違う路線を歩んでいる。

 で、この番組内で紹介されたアンケート結果が以下の通り。

Screenshot_2016-08-30-07-06-00

 障害者を感動的に描く番組に対してどう思うか?という質問だ。つまり、感動ポルノはありかなしか?という質問。

 健常者の約半数、障害者の90%が嫌いだと思っているようです。

 この数字は何となくわかる気がする。

 でも、これって感動ポルノではなく、普通のポルノに対する反応と似ているんじゃないかな。もちろん数字の差はここまで極端なものにならないと思うけど。

 障害者のあり方を健常者に消費させるという番組はダメなのか。

 ボクはそういう形があっても良いと思う。性を売買するのはダメか?法のもとであればあっても良いと思う。

24時間テレビの是非

 24時間テレビに出演した障害者達は、それを自己実現だったり表現の手段として使ったのではないだろうか。ボクは素晴らしいことだと思う。

 例えば障害を持った方の遠泳や登山なんて担当の理学・作業療法士だけでサポートできるものじゃない。資金力と人的サポートが沢山あるから達成できることもある。

 これはリハビリテーションの形の一つじゃないのかな。

 24時間テレビ側がこれを感動的に描くのは、サポートに対する対価でしょ。24時間テレビはしっかり視聴率とって来年も番組を作るためのお金とスタッフの給料を稼がないといけないんだから。

 批判されるべきことがあるとするならば、真実の有無は分からないが「ヤラセ」だろう。「演出」やら「盛る」ってことはあり得ると思うんだけど、「ヤラセ」は絶対ダメ。

 テレビ番組におけるヤラセ問題は過去にも問題になっていて番組終了になったものもある。でも、まぁ、24時間テレビが現状も継続されているのはヤラセはやってないってことなんじゃない?知らんけど。

 100kmマラソンが本当に100kmか?的な検証記事も見たことあるけど、ちゃんと走ってはるみたいやしね。

 ボクは24時間テレビも一つのリハビリテーションの形だし、障害者理解を深める形であり、障害者の表現の場の一つだと思う。それが嫌ならそれに見合う場を作ればいいだけの話。

障害者の権利とは?

 24時間テレビの中でも、バリバラの中でも障害者の権利やあり方についての言及はいくらかされている。

 そして、それは障害者だからって特別扱いするな、健常者と一緒だ的なものが多い。

 それには異論なく賛成だけど、注目はされるのは当然だ。だって社会的マイノリティであることには変わりないから。もちろん、そのマイノリティに対するメジャー側の認識は改めるべき部分もある。だけど、どうしても注目はされる。

 そして、その注目というのを批判するのではなく、受け入れ活用することが大事なのではないだろうか。

 障害を持たないボクがこういうことを言うと怒られるかもしれないが、商売をやっていると『どれだけ他人と違えるか?』っていうのは非常に大きなポイントになることを知っている。だから、障害を個性だと捉えてウリにするというのは効率のいい生き方じゃないかな。

 ボクなんて、他人と如何に違えるか?だけを考えて生きているようなもんだから。

おわりに

 あれもあり。これもあり。で良いんじゃないかな。

 去年流行ったALS患者支援のための「アイス・バケツ・チャレンジ」を覚えているだろうか。

 あれも色々批判されたよね。ALSに対する認知度や理解が進んだとは思えない的な。でも、あぁいうゲーム性のある、しかもお金を絡ましたイベントにすることで、ALSに関する研究が進み新たな発見を生んだのだ。

参考:ALS Ice Bucket Challenge Donations Lead to Significant Gene Discovery

 24時間テレビも多くのお金を集めて寄付されている。そのお金はきっと何かを生み出すだろう。

 日本は、いや世界の多くの国は資本主義社会である。お金を絡ませれば何かを生み出す可能性がある。

 その手段としての24時間テレビはありだし、障害者の権利を主張する一つの手段だろう。

 そんな話題そろそろ止めにして、もうすぐはじまるパラリンピックの日本人選手を応援しませんか。

参考:パラサポ

 ってことで、今回はここまで。ほな、また。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします