雑記

一流の理学・作業療法士は批判しない!技術より人間力が重要!

 こんにちは。作業療法士の中野です。

 実は私、自分が作業療法士だと再び名乗り始めて1年半しか経過していない。

 研修会とか参加して、12年目の人が最年長とか言われると、免許取ったのが古いだけで、経験は浅いのでメッチャ恐縮するし、実力も伴っていないのでマジで辞めて欲しい。

 再び作業療法士と名乗り始めたのはこのブログを立ち上げると時だ。名前じゃないから名乗るというのはおかしな話だけど、自己紹介をする時に作業療法士ですと言い始めたという感じだ。

 じゃあ、それまでは?

 一応整体サロンを運営しているので「整体師」とか「元 作業療法士」とか、そんな感じで自己紹介していたし、作業療法士協会にも入っていなかった。

 それを去年の3月から再び、作業療法士としてのキャリアを開始したのだ。

 理由は、ボクは独立してから一貫して「予防」ということの大切さを胸に仕事をしてきた。しかし、その予防という業界はあまりにもずさんで、汚れた世界だったから、何とか理学・作業療法士の力でまともな業界にできないものかと思ったからだ。

 で、そのためには影響力のある作業療法士になる必要があると考え、再び修行の道へと身を投じている次第である。

 そして、修行の道を進むほどに、色んな分野における一流の療法士と出会ったり、ネット上だけでは合っても交流したりする機会がある。これは本当にありがたいことだ。

 そんな中、ボクがこの人は一流だなぁ…と感じる人の特徴の一つとして『他人をDisらない、批判しない』という事が挙げられる。

 今回は、そんな一流の理学・作業療法士の特徴について考察したいと思う。

一流の人は他者を気にしない。気にする暇もない。

 ボクがまだまだ一流にはほど遠いなぁと思う点が、他者を気にするところである。

 ◯◯には負けたくない。あんなのが発言権を持ってるなんて、はぁ、世の中間違ってる。とか、メッチャ思ってしまう。笑

 そんなことを思う度に、ボクはまだまだ小物だなぁとも思う。

 一流の人は基本的に他者を批判しない。逆に肯定もしないのだが。他人がどうとか関係がないのだ。いい意味でも悪い意味でも無関心なのだと思う。

 無関心である理由はただ一つで、自分が抱いているゴールとか、目標とかしか見えていなくて、他者がどうとか全く関係のない次元で生きているということだ。

 ボクのような小物は、モデルとなる対象を色んな所から見つけ出し目指したりするが、一流の人にとってモデルとなる対象ってごくごくわずかで、既に亡くなっている人を追いかけていたりして、自分の目の前にいる人が少ないのだと思う。

 だから、批判したくなるような対象など視界に入らないのだろう。

他者批判の前に自己反省

 仮に批判したくなるような対象が視界に入っていたとしよう。

 だが、一流の療法士は彼らを批判する前に、自己を省みる。彼らは何故そんな道へ走ってしまったのか…。自分に彼らを止める手立ては無かったのか…と。

 だから、その対象を批判する前に、まずは自分という思考回路が出来上がっている為、批判に至らないのだ。

批判的な対象さえも認める器の広さ

 一流の療法士はやっぱり器がどでかい。治療というシーンにおいても、ビジネスというシーンにおいても、業界改革というシーンにおいても、器のでかさだけが目立つ。ドーンとしている。

 だから、批判的な対象が居たとしても「あいつらはあいつらでしょ?」ってな感じ。肯定さえしないかもしれないが、決して批判することはない。

 ボクのような変わった働き方でさえ認めてくれる。そして、興味を示してくれる。こういう器の広さなしに一流にはなれないのだろうなぁと思う。

おわりに

 あくまでボクの中での一流のセラピストの条件である。

 一流の療法士は3つの大きな仕事である「臨床」「教育」「研究」についてバランス良くクライアントに、あるいは世の中に貢献している。ざっくりとした表現で申し訳ないが、臨床力、研究力、教育力のそれぞれが他者よりも秀でている状況だ。

 もちろん3つの分野の内、どこかに特化している療法士もいるだろうが(というか大半がそうだと思うが)、全く関わらないというシーンが無いし、どれかの能力が人並みってことはなく全てが平均以上に秀でている。例えば大学の教員で教育と研究はしているが、臨床は実質的に出ていないという人が居たとしよう。それでも例えば学生を通じて臨床に貢献することはできる。問題はそういう意識を持って関わっているかどうか?である。

 そして、最後の条件として器の広さ、人間力の大きさというのが、多くの一流療法士を見てきて持った感想だ。全ての能力がこの人間力の上に成り立っているのだと思わされる。

 そして、彼らと接する度にボクはまだまだだなぁと反省することになる。ま、ボクからしたらそういう先人が生きて目の前にいて下さることが本当にありがたいことだと思う。

 ボクも彼らに負けないような『人間力』を身に着けたいものだと思うし、読者の皆様におかれましても、ご自身の人間力というか、器の広さっていうものを省みてもらう機会になれば幸いかと思う。

 ってことで、今回はここまで。ほな、また。

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