実習・国家試験対策

理学・作業療法実習の合否基準の曖昧さについての考察と対策

 こんにちは。作業療法士の中野です。

 昨日が実習最終日だったって理学・作業療法学生が多かったのかな?

 ツイッターやfacebookを見ていると、その手の話題をチラホラと目にした。そして、今朝は実習を終了したが実習の点数が良くなくて合否は学校が判定するとのことで本日面談があるという学生さんのお母様から相談のメールを頂いた。

 ボクも2児の父親ですから、子どもの一大事についついググってしまう気持ちはよく分かります。そして、ボクのブログに行き着いてくださったのだろうと思うと何とかお力になりたいと思った。

 相談の具体的な内容はさておき、この相談を受けて思ったのは、実習の評価って不明瞭な部分が多くて、不合格になった場合、学生本人も親も納得するのが難しいのではないかということである。

 明らかな問題が多く改善されない為に実習中止になるとか、犯罪を侵すとか、そういう分かりやすい不合格を除いて、努力して実習も最後まで遂行して、且つレポートの提出もしたのにも関わらず不合格ってなると特に納得しがたい。

 だから、今朝のような相談があるんだろうなぁと思った次第だ。

 そんな出来事を受けて今回は実習の合否判定のあるべき形と、実習を受ける学生さんはこのような曖昧な状況をどうして乗り切るべきか?についての対策について書きたいと思う。

実習合否の基準について

 日本作業療法士協会が出している臨床実習の手引には以下の7つの項目が実習で評価すべき(学習すべき)内容としている。

  1. 職業人としての望ましい態度や行動をとることができる
  2. 対象者の全体像を把握できる
  3. 対象者の作業療法計画を立案できる
  4. 対象者へ治療・指導・援助を実施することができる
  5. 作業療法の成果を確認し,必要に応じて作業療法計画を見直すことができる
  6. 記録・報告をすることができる
  7. 管理・運営について理解することができる

 これらは卒後間もなく患者を担当療法士として最低限獲得しておいて欲しい項目として考えられているのだと思う。

 大きな病院で新人研修システムが整っている所は新卒でいきなり患者を担当することなどないのかもしれないが、多くの新人はいきなり担当を持つことになるだろう。その際に患者に迷惑がかかることはあってはならない。

 そのような事態が起こらないということを見据えた項目だと思うし、妥当だと思う。

 で、これら項目に対して「合格の最低基準」を以下のように定めている。

 『一般的な特性を呈する事例に対して、作業療法実践過程(初期評価、計画立案、治療実施、再評価)において、臨床実習指導者の指導のもとで基本的臨床技術・技能および臨床思考過程を学習し、模倣実践できる。作業療法士として自覚をもった行動をとる(ことができる)』レベル

 模倣してできればOKだそう。そして以下のようにも書かれている。

 『臨床実習指導者の多くの指導・助言があれば、模倣を経て臨床技能および臨床思考過程を実践できるレベル』

 指導・助言があれば模倣できて、そのプロセスから技術を発揮することや、クリニカルリーズニングができればOKということだ。まぁ、そんな感じだろうねって思う。

 最初から自分で考えて自分で動ける学生なんて居ないわけだから、教えて真似させて、そして自分でやらせてみるってのは大事だよね。そして、それができれば合格で、どれだけ教えても模倣もできないし、模倣はできても身についていないとなると不合格ってわけだね。

 作業療法協会の手引が意外に分かりやすくてびっくりした。

実習指導のレベルに関する問題

 しかし、ここで問題になるのは『指導・助言の質や量の問題』である。

 ベテラン療法士で、色んな学生の指導を沢山してきたような人であれば、どれくらいの指導をどの程度すれば良いかってのは感覚的に分かられていると思う。だけど、学生指導の経験が少なくて、基準を持たない療法士はどうしても自分の物差しで評価してしまうだろう。

 実習の手引には『実習指導の実践例』という項目があり、モデル施設でのモデルケースが紹介されている。が、指導の質や量の基準は明確にされていない。

 ボクの意見としては、合否の基準にある記載の『多くの指導・助言』とは『(その学生にとって)十分な指導・助言』として受け止めるべきではないかと考えている。

 つまり、指導・助言により「するかしないか?」が評価基準であり、「できない」のは指導・助言が足りていないと捉えるべきだろう。『多くの指導・助言』はその学生が理解し実践できるレベルで行われるべきだ。

 ただし、これにも例外はあると思う。

 極端な話は「日本語が通じない」とかは指導・助言をしようがないからダメだよね。その最低限の知識や能力、またモラルは持ち合わせているのが大前提。ここは学校側が判断すべきで、最低限の能力がある人間は実習させてはダメだよね。

 そういう意味ではアメリカの作業療法士の養成システムは理にかなっていると思う。

参考エントリー:日本とアメリカにおける作業療法の決定的違いについて

 実習指導者教育として作業療法士協会の主催で現職者共通研修の中で1コマと、臨床実習指導(中級・上級)という研修を設けているが、参加はもちろん参加者の任意なので問題だ。そもそも組織率低いからそこから変えないと実習指導者の質は上がらないだろうけど…。

 作業療法士の仕事は臨床だけじゃなくて、後進の育成ってのも立派な仕事であって、それに対して真摯に取り組めない人は作業療法士であってはいけないわけなので、協会の矯正加入と指導研修未受講者はバイザーにしないとかの対応が必要なんじゃないかな?

曖昧な評価の被害を受けないための防衛策

 このように現状の実習の合否基準について、指導や助言の質と量が曖昧であるという問題点がある。

 この問題点は早急に解決すべき問題だと思うが、当面はこの曖昧な中で実習を乗り切る事が必要だ。

 この曖昧な点を乗り切るためにはどうすべきか?

 これは抽象的なんだけど、こういう状態になれば絶対大丈夫っていう回答は一つで「実習指導者が教えたくなるような態度を取る」ことだろう。

 学校側が実習に出す学生の最低限の能力を保証しているとするならば、多くの指導・助言を貰えれば合格できる事が前提になるはずである。

 後は、ボクが書いているように「あなたにとって十分な指導・助言」をしてもらえるかどうか?が合否の基準になるだろう。

 あなたが指導者にとって十分な指導をしたくなる対象として捉えられたら合格するということだ。

 こんなバカげた話があるかい?ってのはボクも思うけど、現状の問題による被害を受けないためには仕方がない。

 大事なのは指導者とのコミュニケーションだ。別に指導者の事が好きだろうが嫌いだろうが、好かれる努力をしなければならない。これって実習の意図とは違うけど、社会人にとっては重要な能力だ。

 上司に好かれる能力、患者に好かれる能力、患者の家族に好かれる能力。これらは仕事の上で高すぎて困ることはない。だから、学生の間から人に好かれる能力を高めるってのは大事だね。

 で、どうしたら好かれるか?だけど、大事なのは情報収集。

 ありがた迷惑って言葉があるけど、あなたにとって好かれる行動も、相手にとっては嫌な行動かもしれない。だから、相手が喜ぶネタを徹底的に情報集するのだ。だから、実習の内容で質問がなくても指導者のことを知る為の質問をいっぱいして仲良くなると良いね。

おわりに

 実習の合否について、指導量と質が適正だったか?という論争は恐らく決着しない。基準がないから個人の裁量で十分な指導をしたと言われてしまえばそれまでだからだ。

 だから、業界としては早急にこの問題に取り組むべきだし、逆に実習生は上手く立ちまわるという方法を学ぶ機会だと捉え、この問題のある現場をプラスに捉えて頑張って欲しいと思う。

 ってことで、今回はここまで。ほな、また。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします