哲学・科学・理論

作業療法士が知っておくべき余暇と余暇活動、趣味について

 こんにちは。作業療法士の中野です。

 ボクは最近になって、自分には趣味がないのではないか?と気付いてしまった。そして、それは作業療法士として大きな欠点であるとともに、ハンディキャップになると思った。

 無趣味な人、余暇を充分に満喫できていない人が増えている中、これからの作業療法士は余暇を如何に過ごすか?余暇を如何に充実させるか?の専門家でなければならない。

 何故なら、これからの時代は余暇の充実こそ、人の健康や幸福に影響を与えるからである。

 消費者庁も余暇を充実させられていない国民の現状に警笛を鳴らしており、国家レベルで対策を考えられている。

 そんな中作業療法士のボクに趣味がなく、余暇を充実させていない現状はこれはもはやあってはいけないレベルの事だと気付いてしまった。

 しかし、そんな折に「余暇活動ってなんだ?」「趣味って一体何なんだ?」と疑問に思って調べてみたのでその内容をシェアしたいと思う。

 もしあなたが無趣味な作業療法士だったら急いで趣味を見つけた方が良いし、このエントリーでそのお手伝いができれば幸いだ。

趣味の立ち位置

 趣味とは何か?を考える上で、まず趣味とは「生活の中のどの部分を占める作業」を言うのかについて考えてみた。

 まず、人の生活を占める時間。つまり、作業を大きく3つに分類すると下図のようになる。

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 人にとっての作業は大きく①仕事(社会的必需時間)②日常生活・睡眠(生理的必需時間)③余暇(身体・精神的必需時間)に分けられる。

 趣味が属するのはこの中の「余暇の時間」と言うことができる。

余暇(身体・精神的必需時間)とは?

 今まで余暇は、人間の占める時間の内、社会的必需時間と生理的必需時間を差し引いたものだとして捉えられてきた。つまり、文字通り余った暇な時間として捉えられてきた文化が日本にはある。

 特に戦後復興時期、「働かざるもの食うべからず」という言葉があったように、余暇の占める割合というのは極めて少ない中文化を発展させてきた。

 社会的必需時間や生理的必需時間という言葉は吉田が「余暇と余暇活動を探る(武庫川女子大紀要,1998)」の中で使っている言葉であるが、余暇にはそれに相応する言葉が使われていなかった。

 そこでボクが、現代の余暇の価値、必要性に見合う言葉として「身体・精神的必需時間」と名付けた。それは物理的に裕福となった我が国において、健康に生きるための要素は社会的必需時間でも生理的必需時間でもなく、余暇にあると考えたからだ。

 例えば健康を維持するためのジョギングなどの運動、ストレスを発散する為のカラオケ、あるいは人々との交流を目的とした活動や地域活動などは人々を健康に、幸福にするための活動と言える。

 そしてそれは人間の心身にとって必要な活動と言えるだろう。余暇とは心身の健康や幸福のために必要な時間であり、そのための活動を余暇活動と定義することができるのではないだろうか。

余暇活動の分類と趣味

 とはいえ、現代社会において余暇を心身の健康と幸福の為に使えていない人は多い。一種の作業機能障害を起こしている状態である。

 休みの日に何を過ごしていいか分からない、休みの日も仕事のことを考えている(あるいは仕事をしている)なんて人も少なくない。ボク自身そうだ。

 そういう人が多い事を考えると余暇活動は下図のように分類できるのではないだろうか。

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 当サロンへお越しのお客様に「休みの日は何をして過ごしていますか?」と質問した時によくある返答に「ボーッとしています」「ゴロゴロしています」「特になにも…」なんて返事がよく聞かれる。

 恐らく音楽を聞いていたり、テレビを見ていたり、本や雑誌を読んだり、DVDを借りてきたのを見たりと何かしら余暇を過ごすための活動はあるのだろうけど、それを意味のある活動として捉えていないのだ。

 いわゆる暇つぶし。上図においても「意味・価値のある活動」以外の部分を「暇つぶし」としたのはそういう理由である。余暇を過ごすための方法、バリエーションがあまりにも少なく、余暇の大半を「暇」と位置づけている人があまりに多く余暇を有効活用できていないことはヒトの健康や幸せの為には問題である。

 ボクも余暇時間に読書したり、海外ドラマを見たり、テレビを見たりしている。しかし、それらに価値を見いだせていない。もちろん、一時的な喜び(面白いなど快感情)はあるものの、それらに価値があるか?意味があるか?心身の健康や幸福に寄与しているか?と問われれば首をかしげざるをえない。だからボクにとって意味・価値のない不毛な活動となってしまっている。

 ボクはほぼ毎朝、起きてすぐにジョギングをしている。これは心身の健康を増進する活動なので「意味・価値のある活動」に分類される。

 しかし、ボクにとってジョギングとは義務である。家族を守るため、従業員を守るため、健康である義務がある。義務で行っている活動であり、特に「よし朝だ!今から走れる!うれしー!」とはならない。つまり、ボクにとってジョギングは余暇における意味・価値のある活動ではあるが、決して趣味とは言いがたいものなのだ。

趣味とは何か?

 では、趣味とは何なのか。

 上図において余暇時間における「意味・価値のある活動」の中に含まれることは分かった。しかし、それだけでは趣味の定義としては不十分だ。

 ここの条件が難しい。モチベーションがあるかどうか?と問われたらボクにとってジョギングも「よし走るぞ」というモチベーションはあるし、「わざわざ時間を作って」という条件にしてもボクはジョギングのためにわざわざ早起きをしている。

 だから「モチベーションがある」というのも「それのためにわざわざ時間を割く」というのも、意味・価値のある余暇活動の条件にはなれど、趣味の条件にはならないような気がしている。

 では、趣味を趣味たらしめる条件とは何なのか。

 コトバンクにて趣味を検索すると以下のように書かれていた。

  1. 専門としてではなく,楽しみにすること。余技。ホビー。 「 -は読書と音楽鑑賞です」
  2. 物のもつ味わい・おもむき。情趣。 「われは,この-多き十和田湖を去りぬ/十和田湖 桂月」
  3. 物の美しさ・おもしろみを鑑賞しうる能力。好み。感覚。センス。 「持ち物一つにも-のよさが出ている」

 この場合の趣味は1のことだと思われる。ここにヒントがあった。「楽しみにすること」が趣味である。

 その活動を行う前から楽しみにすること。確かにボクはジョギングを前の日の晩から楽しみにしてはいない。

 ラーメンを食べるのも好きだけど、どちらかと言えば「食事」として捉えている面の方が大きく、わざわざ遠くまで食べに行ったり、食べ歩いたりしないから「楽しみにして計画したり」しない。つまり趣味にはなりにくい。

 その活動に対して「ワクワクするかどうか?」が趣味を趣味たらしめている条件だと思う。

 ワクワクしているか?はモチベーションの有無とはまた別である。モチベーションの要因は別に快の感情ばかりとは限らない。

 ボクは旅行は好きである。しかし、いつからか「ワクワクする」という感覚は薄れ「家族サービス」という義務へと変わっていった。つまり、いつからか旅行は意味・価値はあるが義務的な余暇活動であり、趣味ではなくなったのだ。

 つまり下図のように、余暇活動の内、意味・価値があり、且つ「ワクワク」する活動こそ趣味であると定義できるだろう。

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余暇活動・趣味の作業療法への活用・応用

 余暇活動、趣味活動という言葉を使って作業療法をすることはよくある。

 しかし、それが本当にクライアントにとっての趣味活動か?と問われると疑問に思うことがある。ボクが一番嫌いなタイプの作業療法士はクライアントの趣味を勝手に決めている輩である。

 「昔からやっていた」「病前からやっていた」からと言ってそれが本当に趣味であるかどうかは慎重に考えるべきことである。

 もしかしたら暇つぶしに他にすることがないからやっていた活動かもしれない。

 例えばボクが今脳卒中になって、妻にボクが病前やっていた活動とかありましたか?と聞いたら、仕事かhuluと答えるかもしれない。でもボクはhuluで海外ドラマを脳卒中になってまで見たいと思うだろうか。

 いや、決して見ないだろうし、読書もしたいと思わないと思う。もちろんジョギングをしたいとも思わないだろう。

 それを治療に使われても何も嬉しくない。

 クライアントがワクワクしているか?こそ趣味活動を選定する基準となるのだ。

 間違った作業を掲示して、クライアントにやる気が無いからといって「意欲−」とか書いちゃう作業療法士はちょっとプロじゃないよね。

 趣味を治療に活用する場合は、まずクライアントの趣味を知るところから慎重にやるべきだし、特にこれからの時代は趣味を新たに作るというプロセスも必要になってくるだろう。だって大半の人が自分の趣味を分からずに生活しているんだから。

おわりに

 作業療法士はクライアントの趣味を見つけ、趣味を提示し治療効果を上げるというプロセスにおける専門家であるべきだろう。

 ボクがプロフェッショナルになるために欠けているポイントがこれだ。ボクには趣味がないし、余暇を趣味で過ごすこともない。

 だから、幸福を得るための条件が揃っていないのだ。

 ボクはこれから本気で趣味を探し、楽しもうと思う。そのプロセスが今後、ボクがより良い作業療法士として成長するための条件になると思うからだ。

 もしあなたが無趣味で余暇を有効に活用できていないとしたら、自分のためにもクライアントの為にも探して楽しむというプロセスを経験しておいた方が良いだろうね。

 ってことで、今回はここまで。ほな、また。

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