特別支援教育

発達障害児への理学・作業療法で気をつけるべき3つの事

 こんにちは。作業療法士の中野です。

 子どもは『大人を小さくしただけの存在ではない』なんて、昔誰かに聞いたことがある。誰が言ったか調べようと思ってググったら結構色んな人が使ってるけど、誰が言い始めた言葉かはわからなかった。笑 きっと、心理学系の研究者が使った言葉だろうと思う。

 これはもちろん、リハビリテーションの世界でも同じである。

 同じ骨折のリハだったとしても大人と子どもでは違う。これはICFなどでクライアント像を捉えれば当然なのだが、中々知られていないことでもあるようだ。

 それは育児の現場でも度々目にする現象で、「何でこんなこともできないの!」とか「何で今それをするの!」とかよく耳にするワードだけど、これらは子どもを大人を小さくしただけの存在と誤解するところから生まれている。

 子どもは一度できたことが、数日後またできなくなることは良くあることだ。出掛けに遊びだす子どもにだって今遊ぶ理由はあるのだけれど、親には親の都合があって、その理由を見逃しがちになる。

 このようにリハビリテーションの現場においても、子どもを大人を小さくしただけの存在として捉えてしまったがために起こる悲劇が往々にしてあると思ったので、今回は子どものリハに携わる療法士が気をつけるべきことについてシェアしたいと思う。

 内容はごくごく当たり前のことなのだけれど、ついつい忘れている療法士もいると思うから、是非思い出すきっかけにしてもらえたら幸いだ。

1.リハビリテーションではなく、ハビリテーション

 リハビリテーションを『権利の再獲得』と定義するなら、一度も権利を得たことのない子どもは『権利の獲得』を目的としたハビリテーションを行う。

 リハビリテーションをリハと略されるが、ハビリテーションを略したらハだ。笑

 運動学習という言葉があるが、リハビリテーションにおける運動学習は『思い出す』為の考え方であるのに対し、ハビリテーションでは『覚える』事が運動学習となる。

 脳卒中で歩き方を忘れたクライアントに歩き方を思い出してもらうアプローチと、歩いたことがない脳性麻痺児に歩き方を教えるのはどちらが難しいだろうか。

 求人広告で『経験者優遇』と書く理由と似ていて、教えるより、思い出させる方が簡単なのだ。

 「右足を出して」という指示に対して、大人は(出来るかどうかは別にして)どういう意味かは分かるだろう。しかし子どもの場合、その指示の意味さえ分からない場合もありうる。

 再獲得と獲得の狭間には、一文字の差以上の差があることを忘れてはいけない。

2.発達段階を考える

 例えば1歳の子どもにハサミを使わせることはライフステージに合っていない。

 これは正常発達を学んだ人間や、子どもを育てたことのある人には分かりきっている。3歳の子どもに自分の名前を漢字で書かせるのも同様だ。

 また多くの場合、平仮名で名前をかけない子どもは漢字で名前をかけないし、歩けない子どもは走れないだろう。

 子どものリハに携わる場合、『子どもの発達段階』を念頭に置いた関わりが重要である。この発達段階を無視して能力獲得に走る療法士もいるかもしれないが、それはいつか破綻する。発達段階を無視して無理矢理歩行を獲得した子どもはいつか早い内に歩けなくなる。

 現状、その子どもの発達はどこまで進んでいるのか、課題は適切か?を考えた関わりが必要である。これは成人における『重症度』を念頭においた関わりと似ているがボクは違うと思っている。

 重症度における課題の適切さは『手助けの量』でグレーディングできるが、発達段階による課題の適切さは『課題の選択そのもの』から変わるからだ。

3.ライフステージを考える

 もちろん、高齢の発達障害者もいるが、ここでは『児』に焦点を当てているので、ライフステージを考えることが必須である。

 子どもは成長する。そして、子どもは時期が来れば新たなステージに立ち、新たな生活を送ることになる。

 その節目節目をクリアしていくことが子どもに課せられた課題だ。

 そして、大きな節目の一つ。それは『親の死』ではないだろうか。親の一番の不安は『私達が死んだ後のこの子』である。どうやって生きていくのか、幸せに生きていけるのか?こんなことを考え始めたら気が気じゃないと思う。

 ボク達はいずれ先に死ぬ親が、安心して死んでいけるように子どもに『生きる力』を提供していかなければならない。その為にいわゆる節目があるのだと思う。

 その時々に必要な生きる力(つまり、節目を乗り越える力)を身につけ、クリアしていく姿を見せることで、親は安心していくのではないだろうか。

 ボク達が発達障害児に対してアプローチするというのは、それ以後の長い人生を生き抜く力を身に着けていく手伝いをするということに他ならないのだ。

おわりに

 小児リハの経験がない人から、「子どもはコミュニケーションが取れないから難しい」と言う方がいらっしゃる。もちろん、言語的なコミュニケーションが取れない子どもは沢山居る。しかし、コミュニケーションが取れない子どもというのは殆どいない。

 経験者から言わせたら、嘘をつかない子どもの方がよっぽどコミュニケーションが取りやすい。

 嫌だったら正直に反応してくれるし、嬉しかったら笑顔がなくても嬉しい反応をしてくれる。

 大人は笑顔でええ事言ってても腹の中はわからない。自主トレ頑張りますって言ってて全くやらないってのもよくある話だ。

 お母さんとのコミュニケーションが難しいって人もいるけど、障がい児の母親だからってどんなひどい人間を想像しているのだろうか。みんな普通の人である。

 もちろん、たまに変な人はいるだろうけど、それは別に障がい児の母親だからってわけじゃなくて、元々変な人なのだ。それは成人のクライアントの家族も一緒だろう。

 それらは全くもって小児リハの難しさではない。小児リハの難しさは今回挙げた3つの点にある。いや、正確に言えば難しさではないか。小児リハが難しくなるのはこの3点が考えられていないからだ。

 逆にこの3点に留意してリハに取り組めば、特段成人のリハと比べて難しいことではない。

 訪問では小児の需要が増えている。しかし、「小児は無理」というスタッフが多いから小児受け入れができていない訪問看護ステーションが多々あるのが現実だ。

 現状小児リハに携わっている人も、これから携わるかもしれない人も今回紹介した3つの事を忘れずに関わっていって欲しいと思う。

 ってことで、今日はここまで。ほな、また。

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