哲学・科学・理論

理学・作業療法士が知っておくべき基本的人権

 こんにちは。作業療法士の中野です。

 リハビリテーションとは概念であり、哲学的思想ではない。しかし、リハビリテーションとは?と問われて簡単な答えは用意されていない。

 であるから、リハビリテーションを哲学する必要はあるのだ。ってことで、ボクはよくリハビリテーションとは何かについて考える。

 最近は訪問看護ステーション立ち上げにつき、様々な資料と向き合う機会があるので、特に高頻度でリハビリテーションとは?について考えるのだ。

 で、おさらいなんだけど、リハビリテーションとは?を考える上で一番重要なのが『基本的人権』だと思うのでシェアしたいと思う。

リハビリテーションとは?

 リハビリテーション(rehabilitation)を語源から考えると、ラテン語で「re=再び」と「habiris=適合した、(人間に)ふさわしい」と言う意味から来ている。つまり、直訳すると「再び(人間として)ふさわしい状態になる」となる。

 リハビリテーションという言葉の歴史をたどると、中世のヨーロッパでは「身分・地位・資格の回復」「破門の取り消し」などの意味で使われ、近代では「名誉回復」「権利の回復」「社会復帰」などの意味にも使われるようなった。

 そして、それらを源にWHOでは以下のように定義づけている。

 その中で、ボクは一番『権利の回復』、つまり『復権』ということが一番しっくりくる言葉だと思っている。

参考エントリー:リハビリテーションの目的とは何か?を考えながら作業療法すると分かりやすい件
 

基本的人権とは?

 では、日本のリハビリテーションにおいて、どのような権利を考えなければいけないか?ということを考えていたら、やはり一番に考えるべきは『基本的人権』だと思う。

 基本的人権はこのように定義されている。そして、それらを分類したら以下のようになる。

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参照元:『役に立つ法律の情報・実用法学

 基本的人権は「侵すことのできない永久の権利」である。しかし、不運にも病気や怪我、その他の原因によってこれら権利を逸してしまった方々に対してのリハビリテーション(=復権)を手伝うのがボク達の仕事と言えるだろう。

復権における理学・作業療法士の役割

 言うまでもなくリハビリテーションとは、理学・作業療法士、言語聴覚士によってのみ行うものではない。そんな大それた事できるわきゃないっつーの。ま、勘違いしている療法士も居るみたいだけどね。残念な話。

 で、先ほどの基本的人権の中、特に理学・作業療法士の守備範囲となるのはどこだろうか?ということを考えたら以下のようになる。

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  • 幸福追求権
  • 法の下の平等
  • 生存権
  • 教育を受ける権利
  • 勤労の権利

 これらが特にボク達が関わるべき権利かな?

 参考までに、条文を添付しておく。

・幸福追求権(憲法第13条)

すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

・法の下の平等(憲法第14条)

  1. すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
  2. 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
  3. 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

・生存権(憲法第25条)

  1. すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
  2. 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

・教育を行ける権利(憲法第26条)

  1. すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
  2. すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

・勤労の権利(憲法第27条)

  1. すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う。
  2. 賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。
  3. 児童は、これを酷使してはならない。

理学・作業療法は手段である

 ボク達はリハビリテーション従事者であり、理学・作業療法を手段として上記条文の復活に向けて汗水たらすわけだ。

 ICFなどの指標もあるが、ボクにとってやはり、この『基本的人権』こそが根底にある指標だと思うわけ。

 こういう事を考えるとさ、参加と活動に照準を当てろってのは分かるよね。んで、その手段として機能制限についてもアプローチしないといけないのも分かるよね。

 SNSとか見ていると、完全に派閥が分かれてておもろいよね。

 「活動と参加に逃げている」とか「治療じゃない理学・作業療法は多職種に職域を奪われる」とかって意見もあるし、「国は活動と参加に照準を当てろって言ってるんだから!」や「麻痺は治らないんだから」とかって意見もある。

 こんな派閥が分かれるのも、こういう根底がないからじゃないかな?

 根底があれば、手段は100万通りだって思うよ。

参考エントリー:理学・作業療法士は参加を目標にして機能面へもアプローチすべし

おわりに

 こういう事を考えるのって答えないよね。

 だからさ、ずーっと考えていかなければいけないよね。

 考えるの止めたらきっと時代に取り残される。

 リハビリテーションの語源や、歴史から考える上で過去を振り返るのは重要だが、ボク達が生きている時代、そして生きていく時代において何が必要とされているか?を常々考え、その流れにのったリハビリテーションを提供していくことがボク達の義務だと言えるだろう。

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