雑記

被災者支援と障がい者支援が似ている残念なところ

 こんにちは。作業療法士の中野です。

 熊本、大分では相変わらず激しい余震が続いている。車中泊をしている人も少なくないようで、エコノミークラス症候群(急性肺血栓塞栓症)のリスクが高まっている事が連日伝えられている。

 SNSでも、相変わらず同じような情報が溢れかえっている。

 そろそろ、良いんじゃない?そのシェア祭り。SNSでリーチできる層にはもう充分情報行ってると思うし、ネット繋がるなら自分でググるでしょ。自分の命がかかってんだからさ。

 問題はネットでリーチできない層の人たちでしょ。だから草の根の活動が重要になってくる。地域包括ケアシステムが確立していたらこういう時にも役立つんだろうなと思う。

 さて、今日はそんな話を書きたいわけではなくて、今回ボクの周囲でも色んな情報があり、それって間違ってるよね?って思うことがあったのでシェアしたいと思った。

日本に住んでるんだから地震に出くわすリスクは想定範囲内であるべきでしょ?

 まず、日本に住んでいるボク達は、確率的に全く不明だけど、大地震に出くわすリスクを常にはらんでいる。それは誰しもがわかりきっていることだろう。

 ボクは大阪に住んでいるから、南海トラフが和歌山県沖あたりで発生し、津波が起こった場合淀川が氾濫してボクのサロン恐らくすっぽり水に浸かる。幸い住んでいるマンションは7階なので大丈夫だと思っている。

 ボクの職場と自宅、娘の幼稚園と距離的には近いが津波が起こったりしたら離れ離れになるリスクもあるし、もしかしたらボロ物件で仕事をしているボクは家族を残して死んでしまうリスクもある。

 ボク達は日本に住んでいる限りこういうリスクと隣合わせで生きているという事実を知っておくべきだろう。それが嫌なら地震のない国へ移住すべしって話。

今回の一連の出来事を通じて知った残念な話

 そういうリスクの中で生きているという認識があれば到底起こりようのない情報がたまに聞かれる。

 うちのお客様に山崎パンに勤務されている方がいらっしゃる。山梨県での記録的な大雪の際、パンを配達している運転手の機転で寸断された地域にパンが送られた話は記憶に新しいだろう。

 今回もいち早く、熊本地域の山崎のコンビニではパンを配布したりされていたようである。

 当サロンのお客様はもちろん大阪向上に勤務されているのだけど、被災地支援の為にレーンを空けて被災地支援用のパンづくりを始めようと準備されていたそう。そこに被災地から「パンはいらない」っていう苦情というか、意見があり中止になったのだそうだ。

 「はぁ?」って思わない?

 もちろん、小麦アレルギー、卵アレルギーの人はパンは食べられないから他の食材も必要。でも、温度に左右されず、比較的長持ちし、おいしく食べられるパンは重宝されるべき食材だと思うんよね。

 被災地が『支援されるべき存在』であるのは当然である。ボク達はリスクの上に生活しているんだから、被災した人は、被災していない人から支援を受け、次に被災する人たちに恩を返していく。それが日本で生活する上での暗黙のルールなんじゃない?

 でもね、支援されるべき存在ではあるけど、支援を強要する存在ではないよ?全ての支援は感謝でしかないはず。

 もちろんありがた迷惑な支援もあって、それらは支援する側が調整すべき問題。でもね、そんなありがた迷惑な支援でさえも感謝でしょうよ。支援物資に対して要望を出すことは良いこと。支援する側も要望を出してもらった方が支援しやすくなるから。

 でも、既にある支援を断ったり、苦情いったりするのはお門違い。

 もちろんそんな被災者はごく一部なんだと思うけど、そういう人に限って声がでかくて、被災者全体のイメージが悪くなるから本当に止めた方が良いと思う。

被災していない人、直接支援できない人はさっさと日常に戻るべし!それを被災者はとやかく言うべからず!

 みんながみんな熊本へ行って支援できるわけではない。現地入りしたい思いがあっても仕事を放り出すわけにもいかない。ニートや暇な学生でもない限り現地入りなんて難しい。

 だから、物資を送ったり、寄付したり間接的な形で支援するんでしょ?

 そして、その一連の支援したい気持ちを満たしたら、日常に戻ろうよ。

 話は変わるけど、欧米では『13日の金曜日』が不吉ってのを本気で信じている人が少なからずいるようで、13日の金曜日は1000億円の経済的損失が起こっているという資産があるってこの前ホンマでっかTVでやってた。人一人が普段通りに働かなければ、それが積み重なって大きな国益の損害に繋がるのよ。

 だから、被災していない人で、直接的に支援できない人はいち早く日常に戻るべきなのよ。それが、最終的に被災地の為になる。いっぱい稼げば、復興税もいっぱい払えるのさ。普段以上に働いて、普段以上に稼ぐことで被災地のためになる。

 でも、それを被災者は羨ましがったり、こんな時に云々とか言ったらダメだよ。それを言う人がいるみたいなんだよね…。『こんな時になんやねん!』みたいなね。

 東北の大地震のあと、自粛ムードでテレビCMがずっと公共広告機構のやつになったの忘れた?自粛したことによる経済的損失は計り知れない。こんな時だからこそ、働けるボク達は今まで以上に働いて稼がにゃいかんでしょうよ。

これって障がい者支援にも通ずる所があってですな…

 『障害者支援って難しい、でも個別性は出せないというジレンマ』で書いたように、乙武さんのように五体不満足でも障害者じゃない人っているわけじゃない?

 でも、五体不満足だから支援の対象になったりね。

 私は障がい者なんだから、支援されるべき存在!ってどうどうと思っている人が少なからずいる。

 また、私は障がい者で可哀想な存在なのに、あなたは楽しんでいて良いよね…なんて皮肉る人もいる。

 これって、被災者の残念な人たちと一緒なんだよね。

 ま、これも一種の心の病だと思えば支援の対象なんだろうけどなんだかな〜って微妙な気持ちになってしまうのはボクの心がまだまだ狭いからだってのは言うまでもないんだけどね…。

おわりに

 ま、ちょっとした叫びですよ。これは。

 日本は非常に守られた良い国である。自己責任って言って切り捨てない土壌がある。でも、その結果日本の財政は決していい状態ではない。

 被災時に助け合うってのは大事。

 でも、もっと自己責任って感覚を国民一人一人に植え付けないとこの国は本当にダメになるんじゃないかな?

 病気になったから支援されるべき、障がいを負ったから支援されるべき、被災したから支援されるべき。いやいや、支援するべきだとは思うが、支援されるべきなのではないとボクは思う。

 自己責任で、自分で何とかすべき。その前提で支援されたら感謝でしょ?

 多くの人にそういう感覚が根付けば、悲しい気持ちになったり、ボクみたいに心の狭い人間がなんだかなぁ~なんて思うことは無くなるんと思うよ。

 ってことで、今日は愚痴。笑 ほな、また。

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