雑記

認知症者が起こした事故、家族への賠償責任なし!最高裁判決

 こんにちは。作業療法士の中野です。

 違うブログ書いている途中だったけど、すぐにでもお伝えしたいネタが上がってきたので急遽このエントリーを書いている。

 お伝えしたい内容はタイトルの通り。

 2007年に当時91歳だった認知症の男性(要介護4)が電車にはねられて死亡した事故を受けて、JR東海が家族被害者の妻(当時85歳)と被害者の長男(当時56歳)を訴えた事が発端となっている。

 第一審では家族の責任を認め720万円の損害賠償、第2審ではJR東海側の安全配慮義務がしっかり守られていなかったということで320万円と減額され、且つ責任の所在を妻だけに限定した。

 そして本日、最高裁判所はJR東海側の訴えを棄却するという判決を下した。

参考:<認知症男性JR事故死>家族側が逆転勝訴 最高裁

 この判決は今後の一つの基準として扱われるから、ボク自身かなり注目していたが、最高裁の判決にホッと一息をついている。

 家族にとっては勝訴といっても、高齢になってから、且つ大変だった介護が一段落したにも関わらず裁判があり色々と大変だったから事実上勝訴とは言えないと思うが、頑張って戦ってくださったお陰で、これから多くの認知症者を抱える家族を守ることになるだろう。

 今回は、この件についての私見について書きたいと思う。

もし遺族が敗訴していたら…

 もし、最高裁判所が遺族側に責任ありという判決をしていたとしたら、今後認知症者徘徊に伴う事故は、介護者(家族)に管理を怠ったとして責任を問われることになった。

 これは介護する側にとって更なるプレッシャーを与えることになっただろう。

 一時も目を話せない。もし、寝ている間に徘徊したら?と思うと夜も眠れず、もしかしたら拘束しないといけなくなったかもしれない。

 拘束されて嫌な当人は、叫んだり、物を投げたりと所謂異常行動を誘発したかもしれない。そして、きっと介護のストレスは更に高まっていっただろう。

 遺族が敗訴していたら、これからの認知症を取り巻く介護状況が一変していたのではないかと思う。

 しかし、勝訴したからといってこの問題が解決したわけではない。

今回の訴訟の構図

 今回は巨大企業対一個人という訴訟の構図だった。

 完全に『可哀想な遺族』対『巨大な悪』というイメージを持った人も多かったのではないか。

 しかし、JR東海も一企業であり、事故によって少なからず損害を出しているわけだ。もちろん、第2審で言われたように安全配慮義務を全うしてなかったかもしれない。だが、防ぎきれない事故だったからこそ、第2審まではJR東海側よりも遺族側にも責任はあるという判断をしていたわけだ。

 今回の件で、JR東海側のミスというか、配慮不足は少なかったにも関わらず事故の損害は自分たちで持ちなさいと言われているようなものである。

 じゃあ、これ『個人対個人』って構図だったらどうなってただろう。

 もしあなたが車で走っていて、制限速度内で走っていたにも関わらず、夜だったこともあり急な飛び出しに反応が遅れて事故を起こして相手が亡くなってしまった。そして、その相手が認知症者だった。

 今回の最高裁判決に習って、やむを得ない事故として処理され、あなたは車の修理代を払う。ってことになるだろうか?これがボクはそうならないと思っている。

 車の場合はまた違ってくるだろう。車の修理代で済めば御の字だ。もしかしたら、業務上過失致死とか言われかねないのだ。逆に損害賠償を請求されるかもしれない。

 そうなったらやってられないって思うのではないだろうか。

 今回の訴訟の構図『個人対巨大企業』に騙されて、「あ〜、よかった!」で済ましてはいけないことだとボクは思っている。

社会全体で取り組むべき事案で、早急に法整備が必要

 認知症は病気である。何も本人が事故に合いたくて事故を起こしたわけではない。もちろん、今回の遺族も、死んで欲しくて、徘徊を止めずに放置したわけでもない。

 JR東海も、基本線路に人が飛び出してくることを想定していないだろうし、車以上に電車は急に止まれない。0.5秒目を離したとしても事故の可能性はある。じゃあ、電車の運転しは瞬きもせず常に進行方向とその周囲に注意を配れるだろうか。これは非常に難しい話であり、運転士が特段悪かったわけではないと思う。

 じゃあ、責任の所在はどこにあるのか?

 今回の判決は『責任の所在』を明確にしていない。逆に言うと、誰に責任が置かれてもおかしくなかった訴訟である。

 もし、明確に『遺族の責任』となったらこれからの認知症介護を取り巻く環境は一変しただろう。もし本人の責任となったら、本人が死んでる以上、やはり家族の責任も重くなるかもしれない。じゃあ『JRの責任』となったらどうだろうか。無闇矢鱈に電車なんて走らせられなくなるし、車も走れなくなるよね。

 未来都市みたいに、完全自動車専用道路、地下鉄のような完全鉄道専用線路なんてものができない限り車を走らすこと事態がリスクという社会になっていただろう。交通インフラにとって大打撃となる結果になっていたと思う。

 そういう意味では今回のように責任の所在を明確にせず、「損害金だけすんませんけど、JR東海さん被ったって下さいな。」という判決にするしかなかったのではないだろうか。

 こういう責任の所在を明確にできない事こそ、国が責任を被るべきだとボクは思っている。

 認知症者の徘徊に伴う事故への補償制度を早急に作るべきではないだろうか。

まとめ

 ボクは医療者として、今回の判決にはホッとしている。しかし、自分が加害者になるかもしれない世の中である以上、このまま放置していい問題であるとは到底思えない。

 今回は責任の所在が明確にならない判決に終わった。

 しかし、今後も責任の所在を明確にせず、のらりくらりとこういう事故を処理していいものとは思えない。

 是非ともその責任を国が背負って、しっかりとした補償制度を作るべきだろう。

 認知症に取り巻く問題はこれだけではなく、非常に複雑だ。国も色々と動いてくれている。だが、まだまだ足りてないし、間に合っていない。

 ボクは一医療者として認知症を取り巻く問題が少しでも良くなるように、こういう情報発信を通じて取り組んでいきたいと思う。

 ほいじゃ、また。

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