雑記

精神障害者への一般の偏見を無くす為、作業療法士に何ができるか?

 こんにちは。作業療法士の「なかの」です。

 コーヒー飲みながら、後1つくらいブログ書こうかな、何について書こうかなと思っていたら学生さんから質問が来たのでここぞとばかりにブログにしている次第である。笑

 質問内容は以下の通り。

 この学生さんのご近所に、精神障害者の方が住んでおられるらしく、その人に対し周囲の方々が不安に思われているとのこと。また、その精神障害者の方は復職も叶わず、再就職も難しい状況だということ。

 このような精神障害者が社会復帰するに当っての壁を無くす(あるいは減らす)為に本人や、周囲はどうすべきか?

 …。年明け早々難しいことを考えておられる学生さんに拍手を送りたい。

 で、まぁこの質問に対してボクの見解をお答えしたいと思う。

見た目では分からない障害については啓蒙するしかない

 この質問のようなケースについて、一般の人の偏見を無くす為の特効薬的なものは存在しないと思う。

 精神障害に限らず、認知症や広汎性発達障害に関しても同じであり、周囲ができることは啓蒙活動くらいだろう。

 国が扇動してしっかりと啓蒙できれば、ある程度スピード感を持って効果的な啓蒙が可能かと思うが、精神障害者に対する啓蒙活動は認知症のそれに比べて弱い気はする。

 しかし、そんな状況でも当事者は生きていかなければならない。どすうべきか?

日常生活や仕事に支障がないレベルなのであれば隠すしか無くない?

 ボクが当事者だったら…。ってなイメージで読んで欲しい。

 ボクが精神疾患を患い、何ヶ月かの入院の後、社会復帰することを想定する。

 ボクならまず精神疾患だった事実を隠すだろう。その方が手っ取り早いからだ。何らかの理由でそれが知られてしまい、現在の仕事に支障が出て復職できないとなれば別の道で起業する。

 社会復帰したとしても、以前と同じレベルで仕事できるかわからないし、毎日同じパフォーマンスが発揮できるかは分からない。

 時間によって、日によってしんどい日もあれば、調子の良い日もあるだろう。この差が健常者以上に現れると思う。そんな状況でどこかの企業に就職するのはリスクである。隠しててもバレる可能性があるし、隠し通せても上司や同僚に嫌われるかもしれないからだ。

 だったら、障害を個性として捉え、その個性を活かして起業したら良いのだ。

 例えばボクなら『精神疾患を患った作業療法士』という商品になる。

 個性は1つなら在り来りだけど、掛け合わせると商品になる。ボクが精神障害者となった暁には立派な商品になるのだ。これは別に馬鹿にしてるとか、障害を舐めているとかじゃなくて、この社会で生き抜くためには…って想定なので勘違いして文句の連絡を送って来ないでね。苦笑

 それでブログとかやれば他の多くの精神障害者の役に立つコンテンツを作れるだろうし、あるいは精神障害者に携わる専門家にも役立つコンテンツも作れるし、講演活動やセミナーなんかも開催できるかもしれない。

 そうなったら普通のサラリーマン以上の収益は簡単に稼げるだろう。

 で、そんなボクが地域でこんな事を言ってみたらどうだろう。

 『ボクは精神障害者ですが、結構稼げる仕事をしています。仕事で関わる皆さんにも家族にも迷惑はかけていません。もちろん8時間仕事をするのは現状まだ難しいですが、1日6時間、週4日である程度稼げてるボクってすごくないですか?もちろん犯罪も起こしません。ってか精神障害者による犯罪率って健常者による犯罪率より低いって知ってました?ボク達は少し元気でいられる時間が皆さんより少ないだけで、普通の人間です。風邪が長引いている程度に思って下さい。こじらせた時に少しキツイ薬を飲む必要もあります。じゃないと強目の精神症状(幻覚とか)が出てしまうのです。でも、ただそれだけで他は皆さんと同じです。』

 こんな人が現れたら、啓蒙はしやすくなるね。

作業療法士の役割は?

 じゃあ、このような社会復帰する精神障害者に対してボク達作業療法士はどのような支援ができるだろうか。

 それは隠し通す為の方法の指南か、起業支援か?

 もしかしたらどちらも必要なことなのかもしれない。

 ボク達は偏見がなかったとしても、社会に偏見がある現場は今すぐ変えられない。

 で、先ほどの例でも何となく分かるように、偏見をなくす啓蒙ができるのは、専門家よりも当事者だ。

 当事者がしっかりと社会復帰した実例として啓蒙することで社会は変わり得るだろう。

 ボク達は社会復帰した精神障害者が、自らの体験を持って社会に啓蒙するところまで支援すべきなのではないだろうか。

とは言っても壁は高い、一般の方の偏見

 ボクも初めて精神科病棟に実習へ行った時はぶっちゃけビビってましたよ。

 そりゃそうだ。勉強もそこそこで行く1年次の実習なんて、素人に毛がはえた程度で行くわけだから当然だよ。

 少し知識があるくらいで、頭のなかでは偏見を持っていないつもりでも、心ではそれが消化できないって事はよくあること。

 知識もない人となると尚更難しい。壁は依然として高いままだ。

 そんな世の中を変えるためにはどうすべきか?

 入院日数を限定するしかないんじゃないかな?

 統合失調症は3ヶ月まで、うつ病は1ヶ月までみたいな感じで、入院日数過ぎたら点数とれなくするしか無理でしょう。そしたら否が応でも退院になって、外来やデイサービス、訪問看護でのフォローだけにする。

 すると街に精神障害者が増えるし、職場の精神障害者も増えるでしょ。

 分からないなら慣れるしか無い。

 一般の人が精神障害者と過ごすことに慣れないことには、偏見の壁を壊すのは大変だろうと思う。

 ブラックジャックによろしくの精神科編の研修指導医はそんなことについて取り組んでいた先生だったと思い出す。

 シーズン1の電子版は無料なので是非。

まとめ

 社会を変えるって難しいんですよ。

 昨年大阪では所謂『大阪都構想』に関する住民投票が行われた。

 橋下全市長や松井府知事をはじめ多くの維新議員や支援者が動きまわったけど変わらなかったのだ。

 そんだけ社会を変えるってのは難しいのだ。

 思い切ったことをしなくちゃ変わらない。

 もちろん社会は変わらないといけないか?という命題を無視して話をしているが、そこから検討する必要があるだろう。

 精神障害者への一般の偏見を無くさなければいけないか?いけないとしたらその理由は?

 ボク自身そんなことは考えたことはないけど、今回のテーマについて考えていくのであれば、先ず最初に考えなければいけない内容かもしれないので、良かったら考えてみて欲しい。

 ボクもまた考えてみようと思う。

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