雑記
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お盆休みを経て考える、社会をリハビリテーションするという考え方

 お盆休みやゴールデンウィーク、年末年始には必ずといっていい程話題になるのが、ベビーカーでの電車利用だったり、子どもが公共交通機関で騒ぐことに対する話題である。

 少し前にはホリエモンが睡眠薬を飲ませれば良いとか、辻希美がブログでグリーン車で騒いでいる子どもの画像を投稿したりとかで、色々炎上もしていた。

 ホリエモンは、みんなまとめて休みを取るのが意味不明だし、そんな時にでかけるのも意味不明だという。一理ある。ボクはその意見には強く同意する。しかし、世の中にはこの時期にしか休めない(と思い込んでいる)人も実際は多数居て、そういう社会の状態が変わらない以上、いつまでもこの問題は続くだろう。

赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない。

赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない。

 この書籍は、話題が炎上してた頃に書かれたブログ記事が元に出版された書籍である。タイトルで全て語られている気がするが、赤ちゃんに厳しい国で、赤ちゃんがふえるはずがないのである。

 さて、ボクはというと、今年13日〜15日の3日間だけ休みにした。(振替営業も3日なので実質±0日のお盆休みだ。泣)

 どこへ出かけるわけでもなく、暑いし人混み嫌いだし滋賀の実家でゆっくりと過ごし、15日の夜に帰阪した。行きは妻に子ども達を任せ、人の少ない時間帯に先に電車で行かせ、帰りはボクを含めた4人で電車で帰ってきた。

 そんな中経験した事件から、社会をリハビリテーションするという考えがふと浮かんだのでブログにしておく。※ただし閲覧には注意して欲しい。ただのボヤキだったりする。

15日夜に事件勃発

 うちの子ども達は公共交通機関利用時には比較的おとなしくしてくれているので、特に躊躇すること無く電車やバスを利用する。

 昨日はさすがに15日の夜ということもあり、地元の最寄り駅の時点で4人まとめて座れるスペースは無く、ボクが立たされる羽目になっていた。笑

 そして、大阪に近づくにつれ乗車率は100%を超え、大阪駅で降りる時には結構なラッシュ状態となっていた。

 そんな状態を鑑み、新大阪駅に着いたタイミングから、降りる準備をした。大半が大阪駅で降車されるので、下の子をベビーカーに乗せ、荷物を降ろしいつでも降りられる状態で大阪駅を迎えた。

 そして、前の人の足にベビーカーが当たらないよう注意しながら、降りる順番を待っていた時に事件は起こった。

 大阪駅は降車する人も多いが、乗車する人も多い。大半の利用者は「降りる人が先」という小学校の時に誰しもが習うルールを守って、乗車口の左右に分かれて列をなしているが、一部小学校の時に習ったことを忘れて、我先にと乗り込んでくる人も残念ながらいる。

 例外に漏れずボクが降車準備している横をすり抜けて我先にと席を確保しに走った女性(結構いい年してる)2人組(恐らく親子)が居た。

 そして、ベビーカーを押しているボクに向かってすり抜けざまに少しカチンとくる言葉をつぶやかれた。

 「よー、子どもベビーカーに乗せてこんなとこおれるなぁ!」

 声は小さかったが、しっかりとボクの耳は捉えていた。ボクは地獄耳なので、このブログ見ながらボクの悪口は言わないほうが良いだろう。笑

 降りる事も忘れそうになるくらい怒りが湧いたが、他の乗客の迷惑になってはいけないので、少々キツめの注意をするに留めたが、心中穏やかではない状態で、大阪駅から乗り継ぎ最寄り駅まで帰ってきた。

 ぶっちゃけ、めっちゃムカついた。

 が、このような人がいる限り、ボク達の住む世の中が住み良い世の中にはならないだろうとも思った。

車いすだったら良いのか?

 最大限マナーを守って電車を利用していたボクに対してあのような暴言をはく人たちは、ベビーカーではなく車いすの人に対しても暴言を吐くのだろうか。

 言葉にしないまでも、雰囲気で伝わるレベルの態度は取りそうな気がする。

 で、ボク達のお客様は車いすで社会復帰しないといけない方々も少なくないわけである。こういう態度を毎回お盆休みやゴールデンウィークの度に経験する気持ちってどうなんだろう。

 ボクの場合、恐らく来年か、遅くても再来年にはベビーカーを使うこともなくなるだろう。下の子も電車から降りるまでの間は歩いてくれるようになり、その内電車料金も発生する年齢になってくる。

 期間限定だから、多少苛立つ経験をしても我慢できる。しかし、これからずっとこういう経験をしないといけないと思うとどうだろうか。

 公共交通機関での実家への帰省や旅行はしたくないとなってしまわないだろうか。

問題は患者自身ではなく、周囲にある場合も多々ある

 車いす利用者に限らず、こういった周囲の何気ない態度や行動に傷つき、社会的なハンディキャップを強めている人は少なくないような気がする。

 反対に、周囲の何気ない協力や、手助けで身体障害のレベルは重くても、参加レベルでの問題が少ない人もいるだろう。

 つまり、理学療法士・作業療法士のアプローチの方向性の1つには「社会」に向けるベクトルが無くてはならない。

 しかし、現状その問題にベクトルを向け、且つ実際にアプローチできているセラピストは少数派ではないだろうか。

 ボク自身もそうだ。ベクトルは多少向いていると思うが実際にアプローチはできていない。

 今後は、実際に行動に移せるようにしたいと深く反省した。

まとめ

 子育て中とはいえ、自分は最大限公共性を重視して公共交通機関を利用していたし、実際にこのような暴言を吐かれた事が今まで、上の子が生まれてから4年間無かったから、毎回長期休み後に話題になっていて、色んな意見があるなぁ程度にしか意識を向けていなかった。

 しかし、実際自分がそのような事件に遭遇すると考え方は変わるものだ。笑

 もし、自分が他の乗客の迷惑も考えないような利用の仕方をしていたのだとしたら、その暴言に対しても真摯に受け止めていただろう。

 だが、今回もボクは最大限注意して利用していた。

 しかもどちらかと言えばマナー違反は相手側である。

 このような子育てしにくい社会、障害者が生きにくい社会は問題だと感じた。

 障害が社会によって創りだされている一例だが、ボク達は真剣に社会をリハビリテーションするという視点を持ち、行動に移さなければいけないと強く思った出来事だった。

 そう思わせてくれたことには、彼女たちにも感謝すべきかもしれない。

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